[かぶ] 楽しければ良い、個人の勝手、自己責任は結構だけれど、SNSで周りにご迷惑をかけるのは止めましょう。

ここ最近、私の数少ないFacebookの友人の間にも広がり始めた「私がFacebookでよく使う言葉は」。当初から怪しさ前回、何年前の診断系アプリの使い回しだ、と完全スルーしていたのですが、相変わらず皆さん景気よく「いいね!」と「シェア」をして拡散しまくって楽しんでおります。

「私が Facebook でよく使う言葉は」今回も出回り始めた頃から怪しさ全開で、もうFacebookでは散々使いまわされた「個人情報全てご提供」「友人の情報もご提供」パターンの「診断占い系」なのに、未だに楽しんでいる人がいるのは何故な…

Posted by 鈴木 章史 on 2015年12月8日

もちろんいろんな意見があります。私の大好きな思考停止ワード「人それぞれだから」。個人の自由とか勝手とか、響きは良いが何もその言葉を発している本人自体は意見を言っていないので責任回避。多様性を認めているように見せかけて単に思考停止しているだけなのですが、その点は今回は放置。

私としては「個人の自由」だ「勝手」は当たり前で、その先の話を聞きたいわけです。勿論勝手に楽しんでくれて個人情報なんてとっくにそこら中に流出しているわけだから今更騒いでも無駄だろうがそんなもん好き勝手やって下さい。

ただ、その「個人の自由」の後ろに見えなくなっている「人様にご迷惑をおかけしている」という意識が希薄なのか、それすら「個人の自由」なのかが気になるのです。

Jiko_Sekinin 01

例えば今回の「私がFacebookでよく使う言葉は」自体、規約等をよく眺めてみてもそこまで危険とは思えないかもしれません。けれど、この類のモノの怖いのは、あなたは理解した上で全てのリスクを承知の上で友人の情報も提供した上で楽しんで使っているのかもしれませんが、そのシェアされたものを見た人たちが皆、同じようにそこまで考えて選択するかどうかは分からない、ということです。

友達が楽しそうにシェアしてるから、楽しそうだし私もやってみようかな、と気軽な気持ちで友人が同様によく読まずに個人情報や友人リストを提供して楽しみます。その友人の友人にまたシェアされる。どんどん何も考えられず個人情報だけが流出しながら拡散されていくわけです。

これってネットに限らず、よくあるパターンですよね。自分の権利や自由の時点で想像力も停止してしまって、その結果がどういう展開を生むのか考えもしない人たち。勿論シェアされたサービスを使った友人にも責任はありますが、結局戦争だって風評被害だって、結局は個人が気楽に発信したものが巡り巡って形を変えて拡散していった結果大きな流れになってしまっただけのこと。

まぁそこまで大げさに考えるのは考えすぎとまた一笑に付されるかもしれませんが、シンプルに言うと、タイムラインがこの種の投稿のシェアやいいね!だらけで、しかもそういうのを楽しんでいる人がある一定の人たちに限られているのが鬱陶しいだけです。ごめんなさい、個人的に単に嫌いなんだと思います。心が狭くちっちゃい人間ですから。ただ、個人の自由を主張される方は、私が嫌いなのも個人の自由で勝手なので許してください。

スポンサーリンク

スポンサーリンク