[かぶ] 自戒も込めて、社会問題に意識の高い私たちは何故少数派で閉ざされた空間にいるのか。

20代から、ずっと色々な社会活動のイベントや講演会に参加してきました。今もそうした活動に参加をしています。世の中には本当に憤りを感じてしまう出来事が多く、知れば知るほど腹立たしく、周りが無関心なことがもどかしく、イライラしてしまいます。

そして、そうした出来事に興味を持ち始めると、更にそうした世界が広がっていくので、ますます世の中に憤りを感じてしまう。

原発。辺野古。米軍基地。劣化ウラン。薬害。種。食の問題・・

なんとなく傾向が分かってしまいそうですが、今とりあえず思いついただけでもどんどん出来てます。そして、そうしたことに関心を持つ人であれば、共感して頂けるのではないかと思うのですが、共通の悩みがあります。

周りの無関心。

ある程度こうした世界に身を置いていると感じることは、どの問題でも同じなんです。大抵顔ぶれが同じ。一部の限られた閉鎖された世界。まずは知ることから始まる、とばかりに知ってもらおうと思っても、なかなか広がらない。

何故でしょう。

政府の陰謀もあるけれど、チラシを止めるほうが効果的。

確かに

「政府が私たちを分断させようとしている」
からかもしれません。

「間違った教育によって、一般の人たちが間違った情報を教えられている」
からかもしれません。

「私たちが特別意識の高い人間」
だからなのかもしれません。

けれど、それ以前に、

伝え方が下手だからだと思うのです。
伝え方が間違っているからだと思うのです。

伝える場、知ってもらう機会、として考えるのが、イベント。
大きいものからこぢんまりしたものまで様々ですが、顔ぶれ、似てませんか?

チラシを使わない。

こうした勉強会や講演会の必須アイテムといえば宣伝チラシ。
「自分が主催する、もしくは共感するイベント」の告知チラシを配ること。
チラシ無くしてこうしたイベントは開催できないのではないか、というくらい無くてはならないものです。

これを「一切使わない」「作らない」ことにしてみては如何でしょうか。

チラシを使ってしまうことの欠点を挙げてみたいと思います。

チラシしか使っていない。

告知にチラシしか使わないことが結構多いのです。とりあえずチラシ。駄目なのではなく、チラシをメインにすると、他に手が回らなくなってしまう。

それ以外の方法を一切考えていない。いや、頭には浮かんでも、積極的には活用しません。特にネット。ネットが全てとは思いませんが、集まらない、と言っている人ほどネットの活用をほとんどしていません。

いや、情報収集に関して「だけ」は異様にネットを駆使している人もいるのですが、情報収集「以外」は全く使っていない、という人も多いです。そりゃ、伝わらないです。チラシ使うと、他の方法を考えることが面倒になっちゃうんですね。とりあえずいつも通りくらいの人数は集まるから。

身内ですが。

紙が無駄。説得力が無い。

環境保護や大企業の搾取の問題を訴えるイベントを企画しておきながら、大量の紙(主にチラシ)を配布することが結構あります。個人でなくて、大きな団体が大きな会場を使って開催する場合も。あれ、説得力ないですよね。勿論再生紙を使っている、とか言いたいことはあるとは思いますが、そこまで参加する人は分かってくれません。

第一印象で損しています。

身内しか集まらない。

あるイベントで渡されたチラシを見て、手帳を見て日程を確認して参加出来そうだったら参加する。気がついたら手帳はそうしたイベントの予定でいっぱいになっている。

私たち夫婦がそうでした。

けれど、結果、まわりを見渡すと参加している人同じなんです。私たちのような人たち。

それぞれ誰かのイベントでチラシを見て、というきっかけがほぼ同じなので、集まる人間も同じになるのは当然。そこかしこで目で挨拶を交わしている人が多いのは、初めて参加する人から見ても異様ですし、せいぜい友人を誘ってくることはあっても、それって身内からのクチコミです。

印象が悪い。

開催前や途中休憩に突然そこら中で席を廻ってチラシを配り始める。

参加者は他の社会問題にも興味を持っている方が多い、というのは確かにあるとは思いますが、正直鬱陶しいです。主催者と知り合いのことが多いので、全くジャンルが違うのにチラシを置かせてくれ、と頼まれたり、最後の雑談や質疑応答で突然自分の参加するイベントの宣伝を始めてしまったり。

チラシがあくまでベースになってしまっているので、そこから浮かぶあらゆる配布の方法しか出てこなくなってしまう。身内同士なので、半分苦笑いしながら眺めてしまう(それも楽しみな光景の一つ)こともあるのですが、あれ、考えてみたら初めて参加した人には印象悪いですよね。

健康に悪い。

チラシ、重いんです。常に何十枚と持ち歩くから、自然と鞄が重くなる。リュックが多いのも、リュックの方が肩や腰への負担が少ないからでしょうね。
そして、参加する人も常に鞄の中にいつどこで持ち帰ったのか分からないチラシの山が入っている。

私の妻なんて一時期凄かったです。大きいリュック。重すぎ。中見るとそこら中で持ち帰ったチラシが山のように入っている。彼女の中ではどこかで整理するつもりでいるのですが、整理する前にそのイベントが終わっていたり、と既に自分の処理能力を越えてしまっている。

チラシが山のように入っている鞄の中って、他のものも全く整理されていないことが多いです。勿論頭の中も。だから、妻の人生を通してのテーマの一つが「情報の糞詰まりを無くすこと」。苦しんでます。そして、いつも重い荷物を持ち歩いています。

これ、身体に良くないです。姿勢も悪くなるし。重くてストレス、常に整理されていない情報と予定が詰まっていてイライラ。目つきも悪い。健康にも良くないです。

とりあえずチラシを使わずに何が出来るか考えてみる。

チラシ禁止にしちゃえば良いんです。簡単ですね。チラシは、勿論効果があるんです。全くチラシが無意味だと思ってもいません。けれど、私たちが訴えたいことや、知ってもらいたいことに最初に興味を示してくれそうな(未開拓の)層って、どこにいるでしょうか。

もう既にチラシで届く層へは、届ききっていると思います。その層の間だけで共有したいことなら構いません。けれど、今私たちが悩んでいるのは、なかなかまわりが関心を示してくれないこと。知ろうと思ってくれないこと。素晴らしい内容のイベントや講演会を企画しても、人が集まらないこと。

であれば、「最初に興味を示してくれそうな(未開拓の)層」にもう少し積極的にアプローチしませんか。反対に今までチラシを一切使ってこなかった方には一度使ってみることをオススメします。チラシを多用したくなる気持ちが分かるかもしれません。

それくらい、チラシって麻薬です。分かりやすくて効果それなりにありますから。

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